社会正義のキャリア支援ーSocial Justice and Career Guidance

"There are countless ways to be useful and constructive in our society." John D. Krumboltz

コロナ禍のキャリアガイダンス施策

ICCDPP(INTERNATIONAL CENTRE FOR CAREER DEVELOPMENT AND PUBLIC POLICY;キャリア開発と公共政策国際センター)がコロナ渦中の2020年6月に発表した記事より。
https://www.iccdpp.org/career-guidance-provision-in-covid-19-aftermath-oecd-lessons/

 

「すべての危機は学習の機会である」
世界的な経済危機にあって若者をサポートする3つの方策を提示。
教育機関と企業の間に強いつながりを確保する。
②すべての学習者に対して適切(well-focused)なキャリアガイダンスと情報を提供する。
③学校卒業後の若者に対するリメディアル(補習的)な対策を導入する。


実は、これらの対策は、OECDが2008年の世界金融危機の際にまとめたものだ。
ICCDPPは、コロナ禍の今こそ、当時の教訓に学ぶ必要があるとしている。
https://oecdedutoday.com/school-work-during-coronavirus-2008-global-financial-crisis/


世界金融危機とコロナウィルスの流行は、結果的に、世界的に若者の雇用に甚大な影響を与えるという点で共通点がある。若者の雇用が脆弱なのは、どの国でも、若者は非正規雇用で働いている割合が高いからだ。そのため、真っ先に切り捨てられる傾向がある。
それは、「ラスト・イン・ファースト・アウト Last In First Out」(=最後に雇用された人員が最初に解雇される)慣行のある国では、なおさらそうである。多くの国では、若者の非正規雇用は、若者が職業経験を積むトレーニングプログラムを兼ねており、直近の雇用と訓練機会の喪失は、将来にわたって若者に影響を及ぼすことになる。


教育機関と企業の間に強いつながりを確保する
学校と企業で協力して、実習や見習いプログラムを含めた職業教育訓練の機会を確保することである。デュアルシステムでよく知られるドイツ、スイス、オーストリアなどのドイツ語圏の取り組みが念頭に置かれている。これらの国では企業が職業訓練の機会を提供する。実際、2008年当時の失業率も低い。
この時、政府の役割は、実習や見習いの機会が、きちんと仕事を習得し、良質な職業訓練になるように、質、期間、賃金などの一定水準を確保するよう介入することである。
なお、これらドイツ語圏よりも、もっと若年失業率が低いのが日本である。新規学卒一括採用は、視点を変えれば、学校と企業の間に強いつながりが維持されているシステムと見ることもできる。


②すべての学習者に対して適切(well-focused)なキャリアガイダンスと情報を提供する
文字どおり、キャリアガイダンスと情報の必要性を言ったものである。若者のキャリア意識は非現実的で、情報が不十分で、性別・社会階層他のステータスで歪められる傾向がある。OECD各国でも、15歳までに何らかのキャリア支援を受ける若者は、全体の半数未満であり、その点、徹底したキャリアガイダンスの必要性が強調されている。


③学校卒業後の若者に対するリメディアル(補習的)な対策を導入する
学校時代に十分に教育訓練の機会に恵まれなかった若者に大して、事後的に、教育訓練を付加することである。「リメディアル」には「治療的」という意味もある。何らかの事情で、学校時代に本来受けるべき教育を受けられなかった若者に対しては、それを補う機会の提供を行う必要がある。
その際、デジタルツールとオンライントレーニングが指摘されているのが、直近では新しい傾向である。

 

 

 

パンデミックの時に働くこと

ICCDPP(INTERNATIONAL CENTRE FOR CAREER DEVELOPMENT AND PUBLIC POLICY;キャリア開発と公共政策国際センター)のトップページ、ニューヨークタイムズの記事リンクより(2020/4/20一部紹介)。
https://www.iccdpp.org/working-during-the-pandemic/

『全国の州や都市が学校、会社、公共スペースを封鎖し、州知事はできるだけ限り家にいるように命じた。しかし、多くのアメリカ人は仕事に出続けた。家で働くことができない人は、仕事や収入を失うリスクは冒せないからだ。また、我々の社会の機能に重要な仕事に就いている人もいる。多くの人にとって、どちらも真実だ。日々、彼らはパンデミックの中で生活するという厳しい新たな現実に直面し、自分ができる最善を尽くしている。これは彼らの物語だ。』
https://www.nytimes.com/interactive/2020/04/01/magazine/coronavirus-workers.html?campaign_id=52&emc=edit_ma_20200403&instance_id=17294&nl=the-new-york-times-magazine&regi_id=78268230&segment_id=23739&te=1&user_id=1b18abb5762f5ac5cd67e3ae1f34852a#


パンデミックの時にも社会の機能にとって重要な仕事に就く人々。
(those whose jobs are critical to the functioning of society during the pandemic)
大きな顔写真付きで、様々な職業に就く人々が献身的に働いている物語が紹介されている。


客室乗務員29歳
『先日、2時間のフライトで20回手を洗いました。私の手は手袋なしです。通常、客室乗務員は掃除のためだけに手袋を使用します』
『病院にも手袋が足りないくらいなので、航空会社で足りなくなるのは時間の問題です』
『私たちはサイレントファーストレスポンダーです。私たちはみんなにコーラを提供するためにいるのではありません。そういうサービスはトレーニングの約1%です。警察官、消防士、看護師と同じ訓練をたくさん受けています。私たちは9月11日の攻撃で最初に亡くなりました』
『私は離婚しており、3歳の娘がいます。普段は帰宅したらパパの家に迎えに行きます。それかすぐに連れてきてくれる。今は待つように言っています。』
『まず制服を脱いで洗濯機に入れて2時間の除菌洗濯をします。熱いシャワーを浴びます。着ていなくてもスーツケースから出てきた服をすべて洗濯カゴに入れる。元夫がガレージに車を入れると、娘が腕を伸ばして走って出てきました。私は娘を抱きしめて抱き上げ、会いたかったと伝え、私の腕の中で娘を左右に揺らしながら家の中に入りました。』


フードデリバリーマン31歳
『私が働いている会社は、アプリを使った配達サービスをしています。アプリを開くと、どのレストランから食べ物を受け取るか、送り先の住所はどこかを教えてくれます。』
『でも、コロナウイルスの影響で3〜4時間ごとに違う種類のメールが来ます。"配達物は客のドアの外に置いてください" "体調が悪い時は家でゆっくり休んでください" "手袋とマスクの着用をお願いします。手袋とマスクを持っていない人は、アプリを利用しないでください"。』
『配達員は、手袋とマスクを手に入れるために奔走しなければなりませんでした。どこもかしこも売り切れていた。私は友人に電話した"マスクがある店はないか?"と。』
『誰もが怯えています。人々の目を見ればわかるでしょう。お客さんは私たち配達員を怖がっています。配達の時はお客さんに電話で"メインロビーに着きました"と言います。すると"そこに置いておいてくれ"と言います。多分5分後、私がいなくなったのを確認してから食事を取りに来るのだと思います。』
『私はグアテマラ出身で、17歳でニューヨークに来ました。私が先に来て、3人の兄弟がついてきました。他に5人の姉妹がいて、まだグアテマラにいます。母と父もグアテマラにいます。』
グアテマラでは8時間労働で12ドルです。でも、ここの配達員なら1日120ドルか130ドル。毎月400か500ドルを家に送れます』
『ブルックリンが好きなのは、少し静かでマンハッタンからそれほど遠くないからです。いつも自転車を使っています。車は持っていません。マンハッタン橋を渡れば10分で行けます。あそこは美しい。川の向こうには船が流れていて、時々立ち止まって水の写真を撮るんです。』



他に、食堂長、警察官、ガススタンド店員、養鶏場従業員、食料品店員、学校給食管理者、理学療法士、弁護士、看護師、陸軍軍曹、オフィス清掃人、獣医、葬儀責任者、ホームレス支援者、救急救命員、郵便配達人、消防士、薬剤師の物語もある。

Google翻訳https://translate.google.co.jp/やDeepL翻訳https://www.deepl.com/homeで、普通の日本語として読めるので、是非、ご覧いただきたい。

全米キャリア開発協会(NCDA)会長の言葉

全米キャリア開発協会(NCDA)は、キャシー・エバンス会長の言葉を発表。

「(コロナウィルスは)私たちの働き方だけでなく、お互いのやり取りの仕方、学び方や教え方、買い物の仕方、そして最も重要なことに、私たちの考えや感じ方を変えた (It has not only changed the way we work but the way we interact with one another, the way we learn and teach, the way we shop, and most importantly, the way we think and feel. )」と述べる。

10行に満たない短いメッセージだが、世界中のキャリア支援者にメッセージを発した意義は大きい。
https://www.ncda.org/aws/NCDA/pt/sd/news_article/292863/_PARENT/layout_details/false

ICCDPPのコロナ関連記事

 ICCDPP(INTERNATIONAL CENTRE FOR CAREER DEVELOPMENT AND PUBLIC POLICY;キャリア開発と公共政策国際センター)は、各国のキャリア開発と公共政策に関する研究者、実践家、政策担当者が集まるウェブ上のコミュニティ。キャリアカウンセリング、キャリアガイダンスに関する各国の情報を豊富に収集・提供している。

 ICCDPPも、コロナ関連の記事をトップページに掲載している。
https://www.iccdpp.org/

 ・パンデミックの時に働くこと
 ・コロナウィルスと科学者の国際的な協力体制
 ・コロナウィルス:仕事の世界のパンデミック  など

 パンデミックの状況下でも働かざるを得ない労働者の物語、労働市場情報とコロナウィルスなど興味深いニューヨークタイムズの記事をリンク(リンク先で記事購入サービスの広告等あり)。

 記事では、米国O-netをもとに、「他人との物理的な距離の近さ」×「感染のリスク」の2次元でリスクの高い職業を紹介。最も他人と距離が近く感染リスクがあるのは、歯科医、看護師、救急医療隊員などの医療従事者で、現在、多くの人々が働いている(十分に感染予防の措置もとられている)。消防士・警察官のような「ファーストレスポンダー」、教員もリスクが大きいなか、働いている。

 他人との距離が近くはないが感染リスクがある職業として、ゴミ収集人、メイド、ビル管理人など。逆に、感染リスクは低いが他人との距離が近い職業としてレジ係、ウェイター、小売店員などが挙げられる。これらの職業は概して低収入であり、リイオフの危険もある。

 テレワークを利用できるのはホワイトカラーがほとんどであり、最前線に立つ職業、「経済規模の下限にいる人」が自宅で仕事をすることは現実的ではないと記事を締めくくっている。

 他にICCDPPのトップページでは、ILOの声明も紹介。ガイ・ライダー事務局長は「コロナウイルスパンデミックは単なる医学的危機ではなく、社会的および経済的な危機でもある」と述べ、「特に、最も脆弱な人々のニーズに応えなければなりません」と指摘している。 

Together we are stronger ともに強くなる

ユーロガイダンス(Euroguidance)は、欧州34ヵ国のキャリアガイダンス関連機関のネットワークで、CEDEFOP、ICCDPPと並ぶ欧州キャリア支援論の中心地の1つ。

そのユーロガイダンスでもコロナウィルスに関する声明を発表。https://www.euroguidance.eu/news/together-we-are-stronger
「ともに強くなる」

リソース、情報、ニュースの他に、欧州および世界各国のキャリアガイダンスの専門家のネットワーク、連携を強調。下のフーリーの記事もユーロガイダンスに掲載されたもの。

コロナウィルスの時代に社会正義のキャリア支援が必要である理由

欧州の社会正義のキャリア支援論の若手第一人者トリストラム・フーリーのHPより。

https://careerguidancesocialjustice.wordpress.com/2020/03/23/why-a-social-justice-informed-approach-to-career-guidance-matters-in-the-time-of-coronavirus/

欧州社会正義論の若手第一人者のフーリーを筆頭に、サルタナ、トムセンの連名による投稿。コロナウィルスがキャリアに与える影響を議論。現在、人々のキャリアが決定的に破壊される状況にあるため、各国政府ともキャリアガイダンスを支援すべき重要な時期にあると指摘する。

1.
 欧州の社会正義論の研究者は、新自由主義的な社会の風潮によって、個人が主体的に自分でキャリアを考えるよう仕向けられている事態を批判する。進路指導、職業訓練、離転職など、公的な仕組みが機能していた領域が次第に民営化され、キャリアは「個人主導」という美名のもと完全に個人任せになってしまったとする。
 現実には、その批判は半分だけ正しい。公的なキャリアサービスが相対的に縮小したことは確かであるが、人材サービス企業が代替的に支援を提供しているため、むしろ従来よりも充実したキャリアサービスを受けられる場合も多いからである。
 とは言え、欧州の研究者が問題視するとおり、各種の民営化施策によって社会全体の無料または安価なキャリアサービスの安全網は縮小された。その結果、不安定労働者、低賃金労働者を含む「社会的強者以外の労働者」は、十分なキャリアサービスを受けられなくなったのも事実である。民営化されたキャリアサービスはビジネスである以上、選択的・選抜的に利用者を取り扱わざるをえないためだ。
 コロナウィルスのような突発的な大事件が起きた時、十分なキャリアサービスが必要なのは社会的強者以外の労働者である。にもかかわらず、そうした人々には行き渡らない。
 趨勢として公的なキャリアサービスの網が破れていった時に、世界は極めて大きな衝撃を受けた。フーリーらは、今こそ我々は、キャリア支援の重要さを各方面に訴えていかなければならないと説く。

2.
 フーリーらが指摘したいことはもう1点ある。現在、ソーシャルディスタンスを維持すべく、テレワーク、オンライン就労が一般化しつつある。自宅や家庭と密着した形で仕事をすることが、急激に現実化した。
 従来、キャリアの専門家が主張し続けてきたワークキャリアとライフキャリアの一体化は、期せずして実現しつつある。1つの建物、組織、システムの中に閉じられた働き方は、急に個人・地域・社会に開かれた。この状況を捉えて、フーリーは、「コロナウィリスが人々の仕事、学習、余暇にもたらす大きな変化に迅速に対応し、キャリアガイダンスがまさに必要なサポートであることを認識する必要がある」と述べる。
 キャリア支援者は、ワークとライフを表裏一体のものとして取り扱うことを主張し、その表裏一体の形をこそ目標や理想としてきた。いわば今現在の働き方に最も近い場所に位置する専門家である。自宅の中に仕事が侵入した現在、ワークとライフ、職場と自宅、仕事と家庭を統合する視点を持ち続けた専門家だという自覚を持ち、今、身近なところで可能な支援を考える必要があると言う。

3.
 1つの組織に緩やかに制御されながら自宅で個人で働く姿は、孤立化・孤独化を推進し、メンタルヘルス上の問題を惹起する。その重大さは軽視してはならないが、一方で、これによる1つの組織を超えたネットワーキングの可能性もフーリーらは指摘する。
 「キャリアワーカーは、支援、連帯、行動の目的で個人が集まることを支援できる。相互扶助グループは急速に出現しており、私たちはそれらの一部となる。正常な状態が新たに出現すれば、個人は、キャリアのための新しい文脈に個人的・政治的にどのように対応するかを一緒に考えることができる。」と述べる。
 アフターコロナの新しい社会環境で、どのような働き方をするのか、どのようなキャリアを目指すのかを一緒に考える重要な役割を、キャリア支援者は担うべだと述べているのである。 

NCDAのCOVID-19関連キャリア・メンタルヘルスリソース

 NCDA(National Career Development Associattion;全米キャリア開発学会)が、2020年3月25日、新型コロナウイルス感染症に関するキャリア・メンタルヘルスリソース(リンク集)を発表。

https://www.ncda.org/aws/NCDA/pt/show_detail/289284?layout_name=layout_details&model_name=news_article#career

 「パンデミックの時、どうやって仕事を探すのか」
 「今、雇ってくれるのは、どの業種?」
 「レイオフが決定されるかもしれないのに、落ち着いてキャリアの追究に集中できるか」
 「世界中でソーシャルディスタンスをとる中、人とどうネットワークを作るのか」

 まず自分自身のメンタルヘルスのチェック。自分は大丈夫か。十分にサポートされているか。その上で、家族、友人、クライエント、学生、従業員、同僚などの支援へ。
 キャリアの問題も、まずはメンタルヘルスとコーピング方略から開始。キャリアの対話の準備ができたら、上記、リソース(リンク集)から必要な事項を参照し、適切なサポートを提供する。

 コロナウィルスそのものというよりは、現在の深刻な事態を個人にキャリアの大きな変化と不確実性をもたらす大アクシデントととらえて、この大変化と不確実性をどのように落ち着かせるかに焦点がある。
 ACA(全米カウンセリング協会)、ICF(国際コーチ連盟)、APA(米国心理学会)からのコロナ関連の情報発信もリンク。

社会正義のキャリア支援

社会正義のキャリア支援
個人の支援から個を取り巻く社会に広がる支援へ

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  1. いま注目を集めるキャリア支援,本邦初の本格的な概説書!

不安定就労,格差,貧困,外国人,性的少数者など,
社会の縁辺で苦しむ人々の問題解決に向け,
いま,全世界で広がりつつある
社会正義=社会的公正を実現するキャリア支援を徹底解説。

http://www.toshobunka.co.jp/books/detail.php?isbn=ISBN978-4-8100-9742-9

目次
序章 社会正義のキャリア支援とは
1章 欧州キャリアガイダンス論
2章 多文化キャリアカウンセリング論
3章 社会正義のカウンセリング論
4章 3つの可能なプラクティス①――深い意味でのカウンセリング
5章 3つの可能なプラクティス②――エンパワメント
6章 3つの可能なプラクティス③――アドボカシー
終章 社会正義の実践に向けて